商号と商標は異なる性質を持つ商業的な標識ですが、いずれも企業の信用や出所(事業主体)を示す役割を果たすため、状況によっては機能が重複することがあります。その結果、商号権と商標権の間で権利の衝突が生じることがあります。
実際のビジネス現場では、他社の著名な商号を商標として不当に先取登録したり、逆に著名な商標を商号として登録したりするケースが後を絶ちません。特に、外資系企業の商号をターゲットとした先取登録も目立っています。
中国における商号権の保護規定は、『民法典』『不正競争防止法』『商標法』など、異なる性質・異なるレベルの法律・法規等、様々な法令に点在しています。
そのうち『商標法』第32条では、「商標登録出願は、先に存在する他人の権利を侵害してはならない」と定められており、この「先に存在する他人の権利」が含まれると解されています。
では、外国企業が自社の商号を第三者に商標として先取登録されてしまった場合、どのように対処すべきなのでしょうか。以下、実際の事例をもとに解説します。
A社は2015年8月、第42類「コンピュータプログラミング」等の役務(サービス)を指定して「DEEP MIND」商標(以下「係争商標」)を出願し、異議申立手続を経て登録されました。
これに対し、英国のB社は先使用商号権を理由に無効審判を請求しました。しかし商標局は、B社の提出証拠について「係争商標の出願日以前に、B社が『DEEP MIND』と同一または類似する標識を、コンピュータプログラミング等の同一・類似役務において商号や商標として先行使用し、かつ一定の知名度を得ていたと証明するには不十分である」と判定し、B社の無効審判請求を棄却しました。
B社は、この無効審判の決定を不服として行政訴訟を提起しました。第一審の北京知識産権法院は関連案件と併合審理を行い、B社の商号が一定の知名度を有していたと認定して、B社の主張を認めました。これを不服としたA社は、第二審である北京市高級人民法院に上訴しました。
北京市高級人民法院の見解によると、中国と英国はいずれもパリ条約の加盟国であり、内国民待遇の原則に基づき、B社が英国で登記した商号は中国企業の商号と同等に保護されるべきとされました。
本件において、B社は2010年に英国で設立され、人工知能(AI)分野における技術開発およびその事業化を主たる事業として展開しています。B社自身は中国国内で直接的な事業活動を行っていなかったものの、係争商標の出願日以前から、中国国内の多数のメディアがB社の「DeepMind」チームや関連ニュースを報じていました。こうした報道を通じて、中国のAIおよび関連技術分野における関連公衆は「DeepMind」とB社との結びつきを客観的に認知するようになり、同分野においてB社の商号は一定の知名度を獲得していたと認められます。
また、係争商標とB社商号は文字構成・称呼(発音)・観念(意味)が完全に同一であり、対象となるサービス内容にも高度な関連性が認められます。このような状況下では、関連公衆が「係争商標に係るサービスはB社に由来するもの」あるいは「B社とライセンスや提携等の関係がある」と誤認・混同するおそれが必然的に生じ、B社の利益が不当に害されるリスクがあります。
最終的に、北京市高級人民法院はA社の上訴(控訴)を棄却し、本判決(第二審判決)は確定しました。
上記判決からわかるように、中国で法人登記を行っていない外国企業の商号であっても、先使用商号権として『商標法』第32条に基づく保護を受けるためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
1. 先行使用
係争商標の出願日より前に、中国国内で該当する商号が使用されていた事実を証明すること。
2. 一定の知名度(周知性)
係争商標の出願日より前に、中国国内の関連需要者(取引者・公衆)の間で一定の知名度を獲得していたことを証明すること。
3. 混同のおそれ(誤認混同の可能性)
原則として、係争商標と相手方の先使用商号が同一または実質的に同一であり、かつ係争商標の指定商品・役務(サービス)と商号権者が実際に展開する事業領域が同一または類似していること。その上で、係争商標の登録・使用により、関連需要者が出所を誤認するか、両者の間に密接な関係(ライセンスや提携など)があると誤認し、商号権者の利益が不当に害されるリスクが存在すること。
北京市高級人民法院が第二審判決で指摘した通り、他社の著名商号と同一の商標が共存することを許容すれば、他人の先行権利・利益を損なうだけでなく、一般消費者の利益や健全な市場秩序をも害することになります。また、商標を悪意で先取する企業にとっても、自社ブランドの育成や事業の持続的な成長においてマイナスの影響を与えることは避けられません。
企業としては、やはり信義誠実の原則を徹底して遵守し、他人の正当な権利や利益を尊重した上で、正当な競争姿勢をもって市場の課題に臨むことが求められます。